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2012年 04月 14日
今日は危うく終電乗り遅れるとこだった。 何だか、いろんな言い訳ばっかり考えてとてもとても虚しいね。 仕事が自分ごとになっていないこと。 ダメ人間にならないようにしっかり周りを見る事だな。それから良く考える事だな。とにかく今はとても情けない。 # by isna2005 | 2012-04-14 00:13
2012年 04月 12日
電車でブログ。 Twitterの懐かしい昭和ネタに思わず釘付けになっている自分を客観的にみると、その頃が楽しかった事は事実なんだろうな。 小さい時は将来の事なんて考えた事も無かったし、どんな人と結婚できるんだろうって、高校の卒業間近に友達と深夜酔っ払って田んぼ道走り回ったっけ。馬鹿な事でしか自分を表現できない幼さが自由だったんだろうか。 センチなおじさんになっちまった。 ♪( ´θ`)ノ # by isna2005 | 2012-04-12 22:31
2012年 04月 11日
なんだか気が進まないのに、自己啓発っぽいワークショップに参加させられてるような違和感だなーとツイッターで呟いた。 それは、ファシリテーターに目的がチームの学びだと言われた瞬間、上から目線な感覚があったからだろうか。本人はちっとも悪気はないのだが、あるトピックについてどうしても皆で議論しないといけないのではと思っている節がある。と言うよりも、誰かに言わされてる感じがするからか。 それにしても、不自然な感覚。 # by isna2005 | 2012-04-11 22:22
2012年 04月 10日
2011年 10月 28日
一緒に仕事をしている彼は、とても自分と自分の部下をシビアに見る。それだけに部下のことをとても大事にしている。現場を大事にしている。 昔の自分もそういう時期があった事を思い出し、翻って彼が感じているマネジメントサイドへの憤りも、わかる気がした。 マネジメントサイドの論理は綺麗事にしか見えないんだろう。そうかもしれない。 ただ、彼が感じている「絵に描いた餅」にさせないよう、現状を相手に理解してもらえるよう、これからはさらに誠意を持って接しなくてはいけないと思った一日だった。 またチョットした反省… 2011年 10月 23日
先日、PMO的な立場の方々からの計画に対する実行タスクの作業遅延に関しての突っ込みがあった。 それはある一部の工程についての遅延なのだが、全体のスケジュールとして、その前工程の遅延については一切触れられてなく、そのPMO担当割当てられている工程のみのタスクに関してだけの遅延を突っ込んでいた。 まあ、何が言いたいかと言うと、 全体の中で遅延の根本原因がどこなのか、そしてそれがどの部分に影響を及ぼしているのかということを議論せずに、自分の担当分のところだけを指して「どうして遅れているのか」と主張している点である。 前工程は違う担当であるため、自分の管轄外と言わんばかりの議論に呆れてしまった。 プロジェクトは全体として考えようね。 確かに貴方の担当分も遅れは出ているけど、対外的に影響を及ぼす部分ではないし、それよりも言及しなければいけないのは、遅延の根本原因となっている前工程なのだから、それをまずどのように対処するべきかを考え、支援していくのがPMO的な動きじゃないかな。 機械的な対応であるなら、機械に徹してほしいので、その後の判断はこちらでさせてもらいたいと思っているところですな。 誰かがうまいこと言ってたな。 「あの人たちはプロジェクトが上手くいくようにするんじゃなくて、タスクを消化させることしか考えてない」 って。 まさに手段が目的化している典型です。 2011年 10月 13日
アップル社のスティーブジョブズの生きざまから学ぶこと きっと、こういうことなんだ。--本当に正しいと信じたことを貫くという姿勢だ。我々は複雑な時代を生きている。子供の頃なら、誰もが「こうしたい」、「ああしたい」、という直感を持ち、自分にとって何が本当に正しいかと向き合うことができる。しかし、成長を重ねるに従って、我々は我慢を覚えさせられ、本音と建前を覚えさせられ、目をつぶることを覚えさせられる。 -- これをあきらめず、流されず持ち続けることが必要なんだ。 2011年 10月 05日
正論言いすぎた時は、ちょっとフォローすることあり。とはいえ、意識の底に持っていて欲しいことだから、繰り返し話す。 それから、 プロジェクトのスコープが頻繁に変わることは、仕方ないとしても、変わることによって影響が出る事もプロジェクトマネージャーは、わかってるはず。見積もり甘い人は要注意。特に自分がある程度できてしまう人は尚更見積もり甘くなるので。 困りますなぁ。足元見えてないと。 2011年 09月 24日
昨日の振り返り。 過去、自分が感じた『チームがうまく行かなかった状況』を思い出してみて、 そしてその状況に自分がファシリテーターとして舞い降りたらどのように振る舞うかと言う事をやってみた。 イメージとしては、その状況にいた当事者であったにも関わらず、客観視してみるという事なんだろうけど、人によってはどうしても過去のその事件、問題に対して『どうすれば解決するか?』と言う観点で話をしてしまいがちだった。 確かにあの時、MFが、『中身に入りがちなので注意』と再三言っていたから、プロセスに対して働きかけると言うファシリテーターの役割からすると、結果を重視するあまり、解決方法について思考を巡らしてしまっていて、中身の議論に方向がずれてしまっていた事は適切では無かった。 これは、やはりその問題に対するファシリテーター(と仮定した人)の持つ温度感によってそうなると思った。 メタ認知への入り方や、少し距離を置いた鳥瞰的な立ち位置の作り方は、その場に対する関わり方の深さや、思いによっては本当に難しい場合があるんだよなぁ。 それから、性格的な所もあるから人によって得手不得手はあるかもしれないな。 2011年 09月 23日
NHK「みんなのうた」50周年ということで。放送してるのをまじまじ見てしまった。 懐かしい曲ばかりだったなぁ。 ふざけた曲もあったり、 これも「みんなのうた」だったんだーというのも。 どういう基準でこれらの歌をみんなのうたで放送するんだろうって思ってた。 一般からの応募もあったりとかするし。 でも、小さい頃に聞いた歌って、ほんとに思いだすもんだね。 谷山浩子を改めていいなぁって思った。 「さとうきび畑」の歌も戦争に関するキーワードはほんの少ししか出てこないのに それが出てきただけでぶわーっとすべてが見えた。 「うた」っていいな。 詩も曲も。 久しぶりに、うるうるしてしまった。 |
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